っていろんなことを整理しなくちゃならないんだ。段階的思考。前向きの姿勢。総合的展望。そういうのが僕に求められている。それが終わったら、またここに來る。何カ月かかるかはわからない。でもちゃんと戻ってくる。どうしてかと言えば、ここは僕にとって……つまり何というか、特別な場所であるような気がするからだ。だからおそかれはやかれここに戻ってくる」
「ふふん」と彼女はどちらかというと否定的に言った。
「ふふん」と僕はどちらかというと肯定的に言った。「でもきっと僕の言ってることは馬鹿みたいに聞こえるんだろうね」
「そんなことないわ」と彼女は無表情に言った。「何カ月かかるかわからない先のことがまっまく考えられないだけよ」
「それほど先のことではないと思うよ。また會える。何故なら僕と君との間にはなにかしら相通じるところがあるから」と僕は彼女を説得するように言った。でも彼女は説得されたようには見えなかった。「そんな風に感じない?」僕は訊いてみた。
彼女はボールペンの頭で機をとんとんと叩いただけで僕の質問には答えなかった。「それで、次の飛行機で帰るのかしら、ひょっとして?」と彼女は言った。
「そのつもりだよ。飛んでくれさえすればね。でも何しろこの天候だから、どうなるかはきりしたことはわからない」
「次の飛行機で帰るんだったら、ひとつお願いがあるんだけど、きいてくれる?」
「もちろん」
「実は十三の女の子がひとりで東京に帰らなくちゃならないの。お母さんが用事ができて先に何処かにいっちゃったの。で、その子がひとりでここのホテルに殘されたの。悪いけど、あなたその子をちゃんと東京まで連れていってくれないかしら?荷物もけっこうあるし、一人で飛行機に乗せるのも心配だし」
「よくわからないな」と僕は言った。「どうしてお母さんが子供を一人で放り出して何処かに行っちゃったりするんだよ?そんなの無茶苦茶じゃないか?」
彼女は肩をすぼめた。「だからまあ、無茶苦茶な人なのよ。有名な女性カメラマンなんだけど、ちょっと変わった人なの。思いつくとどっかにさっと行っちゃうの。子供のことを忘れちゃって。ほら、芸術家だから、何かあるとそれで頭が一杯になっちゃうのね。あとで思い出してうちに電話をかけてきたの。子供をそこに置いてきちゃったんで、適當に飛行機に乗せて東京に帰してほしいって」
「そんなの自分で引き取りにくりゃいいじゃないか」
「そんなこと私知らないわよ。とにかくあと一週間仕事でどうしてもカトマンズにいなくちゃならないんだって。それにその人有名な人だし、うちのお得意さんだし、そう邪険にも出來ないのよ。彼女は空港まで運んでくれればあとは一人で帰れるからって気楽にいうんだけど、そうもいかないでしょう。女の子だし、もし何かあったらうちとしてもすごく困るのよ。責任問題になっちゃうし」
「やれやれ」と僕は言った。それから僕はふと思いついたことを口に出してみた。「ねえ、その子ひょっとして髪が長くて、ロック歌手のトレーナーを著て、ウォークマンを聴いてない、いつも?」
「そうよ。何だ、ちゃんと知ってるんじゃない」
「やれやれ」と僕は言った。