第29節(3 / 3)

懐かしきケラワック。今はどうしているものか。

女の子は僕を見た。でも彼女は今度はにっこりとはしなかった。眉をしかめるようにして僕を見て、それから眼鏡の女の子を見た。

「大丈夫。悪いひとじゃないから」と彼女は言った。

「みかけほど悪くない」と僕も言い添えた。

女の子はまた僕を見た。それからまあ仕方ないという風に何度か肯いた。よりごのみできる立場じゃないんだ、というように。それで僕は彼女に対してすごくひどいことをしているような気になった。なんだかスクルージ爺さんになったような気分だった。§思§兔§網§

スクルージ爺さん。

「心配しないで大丈夫よ」と彼女が言った。「このおじさんは冗談もうまいし、気のきいたことも言ってくれるし、女の子には親切なの。それにお姉さんのお友達なの。だから大丈夫よ、ね?」

「おじさん」と僕は唖然として言った。「僕はまだおじさんじゃない。まだ三十四だ。おじさんはひどい」

でも誰も僕の言うことなんか聞いていなかった。彼女は女の子の手をとって玄関に止まったリムジンの方にさっさと歩いて行ってしまった。ボーイはサムソナイトをすでに車の中に積み込んでいた。僕は自分のバッグを下げてその後を追った。おじさん、と僕は思った。ひどい。

空港行きのリムジンに乗ったのは僕とその女の子だけだった。天候がひどすぎるのだ。空港までの道中どこを向いても雪と氷しか見えなかった。まるで極地だ。

「ねえ、君、名前はなんていうの?」と僕は女の子に聞いてみた。

彼女はじっと僕の顔を見た。そして小さく首を振った。やれやれという風に。 それから何かを探すようにゆっくりと回りを見回した。どこを向いても雪しか見えなかった。「雪」と彼女は言った。

「雪?」

「名前」と彼女は言った。「それ。ユキ」

それから彼女はウォークマンをポケットからひっぱりだして、個人的な音楽の中にひたった。空港に著くまで僕の方をちらりとも見なかった。

ひどい、と僕は思った。あとになってわかったことだけれど、ユキというのは彼女の本當の名前だった。でもその時は、それはどう考えても即席のでっちあげの名前に思えた。それで僕はちょっと傷つきもした。彼女はときどきポケットからチューインガムを出して一人で噛んでいた。僕には一枚も勧めてはくれなかった。僕はべつにチューインガムなんてほしくはなかったけれど、儀禮的に勧めてくれたっていいんじゃないかという気はした。そういう何やかやで、僕はなんだか自分がひどくみすぼらしく歳取ってしまったような気がした。仕方ないので僕はシートに深く身を沈め、目を閉じた。そして昔のことを思い出した。僕が彼女の年頃であった當時のことを。そういえば僕もその頃はロックレコードを集めていた。45回転のシングル盤を。レイチャールズの『旅立てジャック』やら、リッキーネルソンの『トラヴェリンマン』やら、ブレンダリーの『オールアローンアムアイ』、そういうのを百枚くらい。歌詞を暗記するくらい毎日繰り返して聴いた。僕は頭の中で試しに『トラヴェリンマン』の歌詞を思い出して歌ってみた。信じられない話だけれど、ま