第47節(1 / 3)

わらなかった。終わる歓侯すら見えなかった。十時に漁師が部屋を出て、十一時に戻って來た。仮眠を取ったらしく、目が少し赤くなっていた。彼は自分がいない間に書かれた書類をチェックした。そして文學と代わった。文學はコーヒーを三杯持ってきた。インスタントコーヒーだった。おまけに砂糖とクリープまで入っていた。ジャンクフード。

僕はもううんざりだった。

十一時半に疲れて、眠くて、もうこれ以上は何も喋れない、と僕は宣言した。

「弱ったな」と文學は機の上で指を組んでぽきぽきと乾いた音を立てながらいかにも弱ったように言った。「これすごく急いでるし、捜査にとって重要なことなんです。申し訳ないんいたですが、できることならこのまま頑張って何とか最後までやってしまいたいんですがね」

「こういう質問が重要だとはとても思えないんですがね」と僕は言った。「正直言って瑣末なことのように思える」

「しかし瑣末なことがあとになって結構役に立つんです。瑣末なことで事件が解決した例は幾つもあります。逆に瑣末なことをおろそかにして後悔した例も幾つかあります。なにしろこれは殺人ですからね。人が一人死んでるんです。我々だって真剣なんす。悪いけど我慢して協力してください。正直言いましてね、やろうと思えば重要參考人としてあんたの拘置許可をとることもできるんです。でもそういうことするとお互い麵倒が増える。そうでしょう?いっぱい書類がいる。融通もきかなくなる。だからここはひとつ穏便にやりましょう。や。協力してくれれば、そういうあらっぽい措置は取りません」

「眠いんなら、仮眠室で寢たらどうです?」と漁師が橫から口を出した。「橫になってぐっすり寢たらまた何か思い出すかもしれん」

僕は肯いた。どこでもいい。こんな煙っぽい部屋にいるよりはどこでもましだった。

漁師が僕をその仮眠室に連れていってくれた。陰気な廊下を歩き、もと陰気な階段を降り、また廊下を歩いた。何もかもに陰慘さがしみついているような

場所だった。彼の言う仮眠室というのは留置所のことだった。

「ここは僕には留置所のように見えますがね」と僕はとてもとても乾いた微笑みを浮かべて言った。「もし思い違いじゃなかったらということだけど」

「ここしかないんだ、申し訳ないけど」と漁師は言った。

「冗談じゃないよ。家に帰る」と僕は言った。「明日の朝、また來る」

「いや、鍵はかけないから」と漁師は言った。「ねえ、頼みますよ。今日一日だけ我慢してよ。留置所だって鍵をかけなきゃただの部屋でしょう」

僕はあれこれ押し問答するのがだんだん麵倒臭くなってきた。もうどうでもいい、と僕は思った。たしかに留置所だって鍵をかけなきゃただの部屋なのだ。とにかく僕はひどく疲れていて、ひどく眠かった。誰とももうこれ以上話をしたくなかった。ロをききたくなかった。僕は頭を振り、何も言わずに中に入って固いベッドに寢転んだ。懐かしい感觸だった。濕ったマットレスと安物の毛布、便所の臭い。絶望感。

「鍵はかけないから」と漁師は言ってドアを閉めた。かちゃんというひどく冷たい音がした。鍵を掛けても掛けなくても、ちゃんと冷たい音がするのだ。