第47節(2 / 3)

僕は溜め息をついて、毛布をかぶった。誰かが何処かで大きな鼾をかいているのが聞こえた。その音はすごく遠くから聞こえるようでもあり、近くのようでもあった。僕の知らないうちに地球がいくつもの行き來できない細かい絶望的な層に分かれていて、その近接した層のどこかからもれ聞こえてくるような感じの音だった。物哀しくて、手が屆かなくて、そしてリアルだった。メイ、と僕は思った。そういえば、僕は昨日の夜君のことを思い出していたんだ。その時君はまだ生きていたのか、あるいはもう死んでいたのか、どちらかはわからない。でも僕はとにかくその時君のことを思い出していた。君と寢た時のことを。君の服をゆっくりと脫がせた時のことを。あれは本當に、何というか、同窓會みたいだったよ。世界中のネジが緩んだみたいに僕はリラックスしていた。そういうのって本當に久し振りだった。でもね、メイ、僕が君にしてあげられることは今のところ何もない。悪いけど、何もないんだ。君にもわかっているとは思うけれど、我々はみんなとても脆い人生を送っているんだ。僕としては五反田君をスキャンダルに巻き込むわけにはいかないんだ。彼はイメージの世界で生きている男だ。彼が売春婦と寢て、殺人事件の參考人として呼ばれたなんてことが世間に漏れたら、そのイメージの世界はダメージを受けることになるんだ。番組もコマーシャルも降ろされるかもしれない。下らないといえば下らない。下らないイメージで、下らない世間だ。でも彼は僕を友達として信用して、遇してくれた。だから僕も彼を友達として扱う。それは信義の問題なんだ。メイ、山羊のメイ、僕は君と二人でいてとても楽しかった。君と寢ることができてとても楽しかった。童話みたいだった。それが君にとって慰めになるかどうかは僕にはわからないけど、でも君のことはずっと忘れないで覚えている。我々は二人で朝まで雪かきをしたのだ。官能的雪かき。僕らはイメージの世界で、経費を使って抱き合ったのだ。熊のブーと山羊のメイ。首を締められるのはすごく苦しかったろう。まだ死にたくなんかなかっただろう。たぶん。でも僕には何もしてあげられない。こうすることが本當に正しいのかどうか、正直言って僕にもわからない。でも、僕にはこうするしかないんだ。それが僕の生き方なんだ。システムなんだ。だから僕は口をつぐんで何も言わない。おやすみ、山羊のメイ、少なくとも君はもう二度と目が覚めないで済む。二度と死なないで済む。

おやすみ、と僕は言った。

オヤスミ、思考がこだました。

かっこう、とメイが言った。

ダンスダンスダンス

翌日もだいたい同じようなことの繰り返しだった。朝に我々はまた同じ部屋に集まって三人で黙々とひどいコーヒーを飲み、パンを食べた。それほど悪くないクロワッサンだった。それから文學が僕に電気剃刀を貸してくれた。僕は電気剃刀があまり好きではなかったが、あきらめてそれで髭を剃った。歯ブラシはなかったので、仕方ないから丁寧にうがいをした。そして質問が再開された。下らない瑣末な質問。合法的な拷問。晝までそれがぜんまい仕掛けのかたつむりみたいにだらだらと続いた。晝までに彼らは質問できるだけのことは全部質問してしまった。質問の種もようやく尺きたようだった。

「まあ、こんなところですな」と漁師がボールベンを機の上に置いて言った。