第98節(2 / 3)

「知ってる」

「歯醫者の役も上手い。とても手際が良い。でもそれは演技なんだ。手際がよく見えるだけなんだ。イメージだ。本當に何かをやるというのは慘めに混亂して骨の折れることだよ。意味のない部分が多すぎるしね。でも何かをしたくなるっていうのはいいことだ。そういうものがないと上手く生きていけない。五反田君もそれを聞いたら喜ぶだろうね」

「彼に會ったの?」

「會ったよ」と僕は言った。「會って話をした。ずいぶん長く話をしたな。とても正直に話をした。そしてそのまま死んでしまった。僕と話して、それからすぐに海にマセラティを放り込んだんだ」

「私のせいね?」

僕はゆっくりと頭を振った。「君のせいじゃない。誰のせいでもない。人が死ぬにはそれなりの理由がある。単純そうに見えても単純じゃない。根っこと同じだよ。上に出てる部分はちょっとでも、ひっぱっているとずるずる出てくる。人間の意識というものは深い闇の中で生きているんだ。入り組んでいて、複合的で……解析できない部分が多すぎる。本當の理由は本人にしかわからない。本人にだってわかってないかもしれないかもしれない」

彼はその出口の扉のノブにずっと手をかけていたんだよ、と僕は思った。

「でもあなたはそのことで私をきっと憎むわ」とユキは言った。

「憎んだりしない」と僕は言った。

「今は憎んでないにしても、きっと先になって憎むわ」

「先になっても憎まない。僕はそんな風に人を憎んだりはしない」

「たとえ憎まないにしても、でもきっと何かは消えてしまうのよ」と彼女は小さな聲で言った。「本當よ」

僕はちらりと彼女の顔を見た。「不思議だな、君も五反田君とまったく同じことを言ってる」

「そう?」

「そう。彼も何かが消えるのをずっと気にしていた。でもね、何をそんなに気にする?どんなものでもいつかは消えるんだ。我々はみんな移動して生きてるんだ。僕らのまわりにある大抵のものは僕らの移動にあわせてみんないつか消えていく。それはどうしようもないことなんだ。消えるべき時がくれば消える。そして消える時が來るまでは消えないんだよ。たとえば君は成長していく。あと二年もしたら、その素敵なワンピースだってサイズがあわなくなる。トーキングへッズも古臭く感じるようになるかもしれない。そして僕とドライブなんてしたいとは思わなくなるだろう。それは仕方ないことなんだ。流れのままに身をまかせよう。考えたって仕方ないさ」

「でも私はずっとあなたのことを好きだと思うわ。それは時間とは関係ないことだと思う」

「そう言ってくれるのは嬉しいし、僕もそう思いたい」と僕は言った。「でも公平に言って、君は時間のことをまだあまりよく知らない。いろんなことを頭から決めてしまわない方がいい。時間というのは腐敗と同じなんだ。思いもよらないものが思いもよらない変わり方をする。誰にもわからない」

彼女は長い間黙っていた。テープのA麵が終わって、オートリターンした。

夏だ。街のどこに目をやっても夏が目についた。警官も高校生もバスの運転手もみんな半袖になっていた。ノースリーブで歩いている女の子だっていた。おい、ついこのあいだまで雪が降っていたんだぞ、と僕は思った。僕は雪の降りしきる中で彼女と二人で『へルプミーロンダ』を唄っていたんだぞ。あれからまだたった二カ月半しか経っていないんだぞ。