酒は止めたけれども、何もする気にはなりません。仕方がないから書物を読みます。しかし読めば読んだなりで、打うち遣やって置きます。私は妻から何のために勉強するのかという質問をたびたび受けました。私はただ苦笑していました。しかし腹の底では、世の中で自分が最も信愛しているたった一人の人間すら、自分を理解していないのかと思うと、悲しかったのです。理解させる手段があるのに、理解させる勇気が出せないのだと思うとますます悲しかったのです。私は寂寞せきばくでした。どこからも

切り離されて世の中にたった一人住んでいるような気のした事もよくありました。

同時に私はKの死因を繰り返し繰り返し考えたのです。その當座は頭がただ戀の一字で支配されていたせいでもありましょうが、私の観察はむしろ簡単でしかも直線的でした。Kは正まさしく失戀のために死んだものとすぐ極きめてしまったのです。しかし段々落ち付いた気分で、同じ現象に向ってみると、そう容易たやすくは解決が著かないように思われて來ました。現実と理想の衝突、――それでもまだ不充分でした。私はしまいにKが私のようにたった一人で淋さむしくって仕方がなくなった結果、急に所決しょけつしたのではなかろうかと疑い出しました。そうしてまた慄ぞっとしたのです。私もKの歩いた路みちを、Kと同じように辿たどっているのだという予覚よかくが、折々風のように私の胸を橫過よこぎり始めたからです。

酒は止めたけれども、何もする気にはなりません。仕方がないから書物を読みます。しかし読めば読んだなりで、打うち遣やって置きます。私は妻から何のために勉強するのかという質問をたびたび受けました。私はただ苦笑していました。しかし腹の底では、世の中で自分が最も信愛しているたった一人の人間すら、自分を理解していないのかと思うと、悲しかったのです。理解させる手段があるのに、理解させる勇気が出せないのだと思うとますます悲しかったのです。私は寂寞せきばくでした。どこからも

切り離されて世の中にたった一人住んでいるような気のした事もよくありました。

同時に私はKの死因を繰り返し繰り返し考えたのです。その當座は頭がただ戀の一字で支配されていたせいでもありましょうが、私の観察はむしろ簡単でしかも直線的でした。Kは正まさしく失戀のために死んだものとすぐ極きめてしまったのです。しかし段々落ち付いた気分で、同じ現象に向ってみると、そう容易たやすくは解決が著かないように思われて來ました。現実と理想の衝突、――それでもまだ不充分でした。私はしまいにKが私のようにたった一人で淋さむしくって仕方がなくなった結果、急に所決しょけつしたのではなかろうかと疑い出しました。そうしてまた慄ぞっとしたのです。私もKの歩いた路みちを、Kと同じように辿たどっているのだという予覚よかくが、折々風のように私の胸を橫過よこぎり始めたからです。