では冷戦の復活はあるのだろうか。確かに上記の諸問題をめぐる米ロの利害対立は今後とも予想されよう。しかし、核兵器を保有する米ソ両超大國がイデオロギーの違いに基づきそれぞれの軍事ブロックを従えて対立し合った構造は、21世紀の國際政治の構図とは大きく異なっている。ロシアはアメリカなど「西側諸國」とともに主要國首脳會議(サミット)の構成メンバーである。また米ロ間ではエネルギー問題,核不拡散問題などグローバル·イシューについて話し合う専門家會議が形成され,新たな冷戦を回避する努力が積み上げられてきた。いわばその成果として、2008年4月の米ロ首脳會談において安全保障,國際問題全般,エネルギー分野での協力など包括的な協調を掲げた「戦略的枠組み文書(ソチ宣言)」が採択されたのである。②
以上のように、21世紀の國際関係において冷戦構造の復活は想定しにくい。またアメリカの一極支配を牽製するロシア,中國,EUなどの役割に留意する必要があろう。
2.中ロ関係と上海協力機構
21世紀にはいってからの中國とロシアの関係進展はめざましいものがある。2001年7月には中ロ善隣友好協力條約が調印され,また2004年10月,両國は長年にわたる國境問題のすべてに法的な決著をみた。それを象徴するように2004年の中ロの貿易量の総額は200億ドルを超過した。③では、ロシアと中國の2國間関係の進展はアメリカの一極支配構造に対抗する性格を示すようになり、やがては中ロの軍事同盟関係が形成されるようになるのであろうか。
関連して,上海協力機構の性格に言及しておきたい。1996年4月,中國と舊ソ連諸國間の國境をめぐる緊張感和をめざして中國の呼びかけによって発足した「上海ファイブ(中國,ロシア,カザフスタン、キルギス,タジキスタン)」は、2001年6月にはウズベキスタンが加わって「上海協力機構」に改編され,中國,ロシア,中央アジア諸國間の安全保障や経済統合などを協議する地域協力機構として発展してきた。2005年8月、中國とロシアはこの機構の枠組みの中で「反テロリズム」を掲げて合同軍事演習を行った。さらに2007年8月には上海協力機構に加盟する6ヶ國によって大規模な合同軍事演習が行われたことにより、上海協力機構が反米的性格を示すものであり、中ロの「軍事同盟」がその中核をなすのではないかとの見方が日本國內外の一部の識者によって示された。④
確かに上海協力機構の參加國の間ではアメリカの一極支配體製への反発が大きい。しかし、それをもってこの機構が反米的性格を持つと決めつけたり,中ロの軍事同盟の可能性を論じるのは適切ではない。第1に,ロシアも中國もアメリカとの対立回避を外交の基本原則に據えている。ロシアも中國もグローバルなレベルでは互いに相手との関係よりもアメリカとの関係をむしろ重視し,中ロの緊密化によって対米関係の悪化を招くことを雙方とも望んでいない。第2に,上海協力機構に加盟する他の諸國もアメリカとは様々な利害関係で結ばれ,アメリカとの良好な関係を求めている國もある。また加盟國間の利害関係は一様ではない。よって中ロ関係や上海協力機構を冷戦の文脈でとらえることは不可能である。
3.6カ國協議と北東アジアの安全保障システム
2002年10月に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和國)の核開発問題が発覚したこと、続いて2006年7月の北朝鮮によるミサイル発射,10月の核実験斷行によって、東アジアの情勢は緊迫の度合いが高まった。この問題は朝鮮半島に依然として分斷國家が存在し,冷戦構造が続いていること、北東アジアには包括的な安全保障システムが機能していない現実をあらためて提起することとなった。北朝鮮の核問題を協議する場として設けられたのが、韓國,北朝鮮,中國,アメリカ,ロシア、日本が參加する6ヶ國協議である。しかし、北朝鮮に核開発を斷念させるために何が必要かという最も重要な問題をめぐって、6ヶ國協議に參加する各國の立場は異なっている。北東アジアで包括的な安全保障システムを構築するために克服すべき課題はあまりにも多い。